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統合医療のラ・ヴィータ統合医療クリニック医療法人ふじいやさか
ラ・ヴィータ統合医療クリニック

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院長 森嶌淳友
山口拓也
山口拓也

Takuya Yamaguchi

山口拓也 (やまぐち たくや)

手術件数5500件以上の外科医が
振動療法を含む統合医療の世界で新たな医療を実践

< Profile >

1975年、大阪市生野区生まれ。

2004年近畿大学医学部卒業、2004年に医師免許を取得。

これまで近畿大学医学部奈良病院でレジデントとして5年間過ごした中で院長の森嶌先生と出会う。その後は大阪市内の救急性期病院で外科医としての経験を積む。

doctor's message

医者を目指したきっかけは、自分がお世話になった先生や友人、家族が困ったときにちゃんとケアできる人になりたかったから
山口拓也

父も、祖父も、祖祖父も医者で、自分で4代目になります。
幼い頃から父が憧れでした。父の同僚から聞く父の姿が誇らしかった。その背中を見て育ち、医者になるイメージがわりと小さい時から明確にありました。
最も尊敬する医者は父です。今でもそこは変わっていません。
祖父が大腸がんになった時には、外科医である父が祖父の手術を担当しました。家族みんなで看病していたけれど、医師である父だけが病気の祖父を理解していると感じました。その時に、病気の人の気持ちに本当の意味で寄り添って理解してあげられるのは医者だけだと思い、医者を本気で志すようになりました。(今は看護師さんなど医者以外のスタッフも病気の人に寄り添って仕事しているとわかったのですが、子供の頃はそう思ったのです。)
将来父が病気になった時に、自分が主治医で治療ができるようになっていよう。そう決意し、とにかく早く医者として自立しなくては、と思っていました。

医者に必要な要素は全部、ラグビーから学んだ

中学生ではラグビー部に所属し、大阪代表になることができました。その後高校でもラグビーを続け、『仲間を信頼すること』、『瞬時の状況判断』『忍耐力』『根性』『体力』これら医者にとって必要な要素を全部、ラグビーから学びました。私はその後外科医として手術件数5500件以上(2019年6月現在)行うことになるのですが、そういったことができたのもラグビーで得たことを生かしてだと思っています。

夢の実現と、自分のやりたいこととの出会い

医者になってからは、目標の『父の主治医になる』を実現するため、医者としての自立を早めたいと思い、あえて忙しい病院を選んで勤務していました。月に20日くらいは病院寝泊まり、24時前に帰れることなんてない。そんなとてもハードな日々を5年くらい修行だと思ってやっていました。
そして私が医者になって8年目に、父に大腸がんがあるのがわかりました。父は大阪や奈良の公立病院で院長をしていたので、優秀な外科医が後輩にたくさんいました。父の手術が決まった時に、私は父に尋ねました。
「お父さんの信頼できる優秀な外科医はたくさんおられると思うから、もし誰か執刀をお願いしたい人がいたら言ってほしい。」と話すと、父は息子である僕にただ一言「お願いします。」と言って、僕を選んでくれました。
通常、親族が執刀すると動揺することがあるので、あまり良くないとも言われています。しかし私は、このためにずっとイメージしていたので、これまでの人生の中でも最も落ち着いて父の手術を行うことができました。
その時に感じたのは、私がそのレベルに達する状況まで育ててくれた先生、身内の手術を許可してくれた院長、サポートしてくれたスタッフ、みんなのおかげで、自分の夢が叶えられたということです。この手術はみんなにさせて頂いたのだ、という感謝の意識が芽生えました。
父に言われた「手術をするということは、患者様と一生付き合っていく、という気持ちで、覚悟を持って執刀しなければならない。身内を診るという経験を通じて、よりよい医療を提供していきなさい」という言葉を身をもって体験させてもらいました。

父の治療を終えて、改めて、僕が関わる人達の気持ちがわかる医療を提供するようにしていこう、と決意しました。緊急手術であっても、雑に扱わず、患者様のQOLを尊重するケアを行うよう、一人一人の患者様と丁寧に接することを大切にしてきました。例えば、私の患者様で79歳の男性がいらっしゃるのですが、診察にいらっしゃる度に「先生ハグしてください!」とおっしゃるので、ハグをすると「こんな先生なかなかいないよ!」と喜んでくださいます。笑 そういったコミュニケーションも治療の一環だと考えて患者様に接してきました。

そんな中、癌の手術で、治せない人がいるという現実の葛藤が生まれます。そして治せない人をどうケアしていくかという新たな課題。そういった葛藤の中、緩和ケアに意識が向いていき、痛みや苦しみから緩和するための西洋医学以外の様々な治療法やケアについて独自に学んでいきました。
その中で出会ったのが、『振動医学』です。これに出会ったときは、これが今自分がやっている治療の中で足りていないところを補える、自分が本当にがやりたかったことだ!と運命を感じました。

命とエネルギーを、遊び心を持って探求する人生

父の生き方に影響を受けてきた人生だったけれど、ずっと背中を追いかけてきて、「そろそろお父さんが歩んできた人生をたどるのはやめよう。それは僕の人生ではないかもしれない。自分が心からわくわくする、魂が喜ぶ、僕の生き方をしていこう。」と思い、『振動医学』を含む『統合医療』の世界に飛び込む決意をしました。
緊急手術を生業、専門とする現役の外科医でありながら、振動療法を含む統合医療にも携わる、が今後の自分のアイデンティティーになる、と感じています。
現代社会で、大人はずっと我慢して自分を抑え込んでいる方が多いと思うのです。子供のため、家族のため、会社のため、、、みなさん何かのために生きていくために、自分を制限してしまっていますね。それがずっと続いていて、気づかずうちにストレスになっている。それを見る子供も、大人って苦しいと思っています。私には2人の子供がいます。私は子供たちに『大人ってこんなに楽しいんだ、こんな自由に生きられるんだ』と自分の背中を見て感じ取ってほしいと思っています。子供たちには『僕の生き方を見ていてね。僕も君たちの生き方を見守っているよ』と伝えています。
これからはラ・ヴィータ統合医療クリニックで、自分自身の本当にやりたい医療を実践していくつもりです。子供たちに、誇れる父親であるためにも。

山口拓也

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